二条乃梨子はされど想う
今度こそ悲恋にしようとしたはずなんだけどなー。なんか悲恋にしようとすると勝手にキーボードを叩く手が別の方向へ向かっていくみたいで。ていうかテスト期間……。でも、書いちゃったものは仕方がないということで。
私、二条乃梨子が福沢祐巳さまを好きになったのはいつだっただろうか。だけどそこに人に語れるような大層な出来事があったわけではなかった。
初め、私は祐巳さまを志摩子さんの親友としか見ていなかったと思う。それがいつの頃からだったか優しい先輩になって、祐巳さまを知るうちに放っておけない人になっていった。どこか抜けていて、でもしっかりしている、そんな掴み所のない人。
気づけば目で追うようになっていて、話しかけられると心が温かくなるような気持ちになった。嬉しそうな笑顔を見ると私まで幸せになって、悲しい顔をしていると私まで沈んだ気持ちになった。
そんな祐巳さまが瞳子を妹にしたということを聞いて私は二人の幸せを祈ると同時に重いしこりが心の中に沈んでいったのを感じた。想い人と親友の幸せを祝福しようとしている筈なのに、それをどこか嫉ましいと想ってしまう自分がなんだかとても矮小な人間に思えてならなかった。
「祐巳さま」
零れた想いが言葉となって口から溢れる。
「祐巳さまぁ」
堪えきれない感情が涙となって瞳から流れる。
告白できればどんなに楽だろう。
だけど瞳子は私の親友で、祐巳さまは親友の姉なのだ。想いを伝えてどっちも失ってしまうのならいっそ気持ちを心の奥底にでも閉じ込めて忘れてしまえばいいだろう。
だけど、忘れることなどできなくて。
どうすればこの想いをあきらめることができるだろうか。
私の問いに答えはない。
ときに人は時間が解決してくれるなんて、気休めを言う。だけど、私が欲しいのはそんな答えじゃない。
私は今、この時の苦しみを和らげて欲しいのだ。
「乃梨子ちゃん、どうしたの?」
私を呼ぶ声がしたが、私は顔を上げられなかった。その人には私が泣いていることを知られたくなかったから。
「なんですか、聖さま」
「いやぁ、祐巳ちゃんに妹できたって聞いてね。ちょっと遠くから眺めようかなーと思ってたんだが、なぜか君にあった」
「なら、当初の目的を果たしてください。私は今、聖さまと顔を合わせていたくないんです」
「泣いてるから?」
その言葉に驚いてせっかく見せないとしようとしていた涙顔を上げてしまった。
「なんでって顔してるね。でも、そんなの見なくたって分かるよ。さっきからわんわん泣いてたしね」
「いつからいたんですか?」
「祐巳さまぁ、あたりから……かな?」
聖さまはニヒルに笑う。
どこか遠くを見るような、そんな笑い。聖様がなぜそんな表情をするのか私には分からなかった。
「もしかして乃梨子ちゃんは祐巳ちゃんのこと好きだったの?」
「悪いですか」
この状況で嘘をついてもしょうがないので正直に答える。
「うん、なるほど。うん」
聖さまは一人で勝手に納得して何度も頷いていた。
「何なんですか?」
「いやー、白薔薇の系譜なのかな、と思ってね」
「何がです?」
「叶わない恋をするあたり」
「叶わないなんて勝手に決め付けないでください。私はまだ祐巳さまに振られたわけじゃありませんから」
「そっか」
「聖さまは叶わない恋をしたことがあるんですか?」
「まあ、そーだね。私の場合、ライバルがマリア様だった。ちょっとばかし分が悪いよね」
冗談めかしに言っているが、それがどれだけ辛いことか想像に難くない。それでも、それは結局想像の範囲内で聖さまがどれだけ辛い思いをしたかなんて本人にしか分からないし、分かってもらうつもりもないだろう。
「言っておくけど、今はそれで良かったと思ってるから悪しからず」
「そう、なんですか」
「うん」
それだけ言うと聖さまは黙ってしまった。
黙って、どうしようかと悩んでいると聖さまはクルリと向きを変えて「そんじゃ、いくわ」と告げた。
「あの!」
「ん?」
呼び止めると立ち止まって顔だけをこちらに向ける。
何を聞こうかなんて考えてもいなかった。
ただ気がついたら叫んでいた。
私は一体何が聞きたかったのだろうか。
叶わない恋をしたといった聖さまに一体どんな言葉を貰いたかったのだろうか。
分からない。
「後悔するのはさ。行動してからでも遅くないんじゃない。そんで、選んだ道がどういう結果になろうと、それで良かったと思える未来にすれば、さ」
受け売りだけどね、と聖さまは笑うと「じゃあ」と手を振って帰っていった。
気障な人だと思った。
だけどそれがやけにその人に似合っていた。
「後悔か」
言ってみようか。
何かを考えるのはその後に考えればいい。
「私、祐巳さまが好きなんだ」
「なんで、それを瞳子に言うんです?」
「だって祐巳さまは瞳子の姉でしょ?」
瞳子にそう言ったら容赦なくグーパンチを食らった。
「乃梨子さんは馬鹿ですわ。ホントに。どうせお馬鹿な乃梨子さんのことだから瞳子に悪いからとかいう理由で遠慮していたんでしょうね。乃梨子さんがお姉さまを好きなことくらいとっくの昔に気づいてましたわ。ええ、それはもう大昔に」
「え?」
「だから、乃梨子さんには幸せになってほしいと言ってるんですの! 私は素直になれませんでした。素直になろうと思ったのは乃梨子さんのおかげです。それで今、瞳子はお姉さまの妹になれました。乃梨子さんも素直になるべきです」
「でも、瞳子は?」
「だから! 乃梨子さんはお馬鹿だ言ってるんです。瞳子にとってお姉さまはお姉さまです。それ以上でもそれ以下でもありません。お願いですから瞳子に遠慮しないでください」
「ごめん」
「いいですわ」
「ありがとう。まあ、幸せになると言っても祐巳さまの答えを聞くまで分からないんだけどね」
「それなら……心配するまでもないですわ」
瞳子は呆れたように苦笑した。
その苦笑の意味が私にはわからなかったけど、とりあえず頷いておいた。
話してみればそれだけのことで、あんなに思いつめていたのが嘘のように心が晴れていた。まだ祐巳さまに告白すらしていないのに、私にはその結果がどちらに転んでも、多分大丈夫だと漠然と確信していた。
古い温室で私は祐巳さまを待っている。
ここにしたのは他の誰にも邪魔されたくなかったからだった。祐巳さまの足音が聞こえてくる。少し急ぎ足なのは遅れてきたのを気にしている所為だからだろう。
気にしなくてもいいのに、と私は思う。
でも、それが祐巳さまの良いところで、私が大好きなところだった。
そして、祐巳さまが温室のドアを開ける。蒸気した顔がほんのりと赤く染まっていて、息を途切れ途切れにしていた。
一秒一秒がとても長く感じられて、このまま時が止まってしまえばいいのに、と心のどこかで思っている私がいた。
そうすればずっと祐巳さまといれる。
それは私が望んでいたことで。
そんなことを考えているとようやく呼吸を整え終えた祐巳さまがエヘヘと笑う。
「遅れてごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ」
だから私もエヘヘと笑う。
それだけで私は心が満たされて。
それだけで私は幸せになって。
それだけで私は……。
「祐巳さま」
「なあに、乃梨子ちゃん」
「私は祐巳さまを愛してます。それだけを言いたくて」
言いたいことはたくさんあったけど、祐巳さまを前にしたらそんなこと全て吹き飛んでしまった。祐巳さまの顔を直視するのが恐くて、だけど逃げることも出来なかった。
「私も」
祐巳さまの顔は相変わらずほんのりと赤く染まっていて、だけど明らかに温室に来た直後より赤くなっていた。
「私も乃梨子ちゃんのこと好き」
その一言で私は全てが吹き飛ぶほど舞い上がって、それでもやっぱり二条乃梨子は福沢祐巳さまが大好きだと言うことを再確認するのだった。
初め、私は祐巳さまを志摩子さんの親友としか見ていなかったと思う。それがいつの頃からだったか優しい先輩になって、祐巳さまを知るうちに放っておけない人になっていった。どこか抜けていて、でもしっかりしている、そんな掴み所のない人。
気づけば目で追うようになっていて、話しかけられると心が温かくなるような気持ちになった。嬉しそうな笑顔を見ると私まで幸せになって、悲しい顔をしていると私まで沈んだ気持ちになった。
そんな祐巳さまが瞳子を妹にしたということを聞いて私は二人の幸せを祈ると同時に重いしこりが心の中に沈んでいったのを感じた。想い人と親友の幸せを祝福しようとしている筈なのに、それをどこか嫉ましいと想ってしまう自分がなんだかとても矮小な人間に思えてならなかった。
「祐巳さま」
零れた想いが言葉となって口から溢れる。
「祐巳さまぁ」
堪えきれない感情が涙となって瞳から流れる。
告白できればどんなに楽だろう。
だけど瞳子は私の親友で、祐巳さまは親友の姉なのだ。想いを伝えてどっちも失ってしまうのならいっそ気持ちを心の奥底にでも閉じ込めて忘れてしまえばいいだろう。
だけど、忘れることなどできなくて。
どうすればこの想いをあきらめることができるだろうか。
私の問いに答えはない。
ときに人は時間が解決してくれるなんて、気休めを言う。だけど、私が欲しいのはそんな答えじゃない。
私は今、この時の苦しみを和らげて欲しいのだ。
「乃梨子ちゃん、どうしたの?」
私を呼ぶ声がしたが、私は顔を上げられなかった。その人には私が泣いていることを知られたくなかったから。
「なんですか、聖さま」
「いやぁ、祐巳ちゃんに妹できたって聞いてね。ちょっと遠くから眺めようかなーと思ってたんだが、なぜか君にあった」
「なら、当初の目的を果たしてください。私は今、聖さまと顔を合わせていたくないんです」
「泣いてるから?」
その言葉に驚いてせっかく見せないとしようとしていた涙顔を上げてしまった。
「なんでって顔してるね。でも、そんなの見なくたって分かるよ。さっきからわんわん泣いてたしね」
「いつからいたんですか?」
「祐巳さまぁ、あたりから……かな?」
聖さまはニヒルに笑う。
どこか遠くを見るような、そんな笑い。聖様がなぜそんな表情をするのか私には分からなかった。
「もしかして乃梨子ちゃんは祐巳ちゃんのこと好きだったの?」
「悪いですか」
この状況で嘘をついてもしょうがないので正直に答える。
「うん、なるほど。うん」
聖さまは一人で勝手に納得して何度も頷いていた。
「何なんですか?」
「いやー、白薔薇の系譜なのかな、と思ってね」
「何がです?」
「叶わない恋をするあたり」
「叶わないなんて勝手に決め付けないでください。私はまだ祐巳さまに振られたわけじゃありませんから」
「そっか」
「聖さまは叶わない恋をしたことがあるんですか?」
「まあ、そーだね。私の場合、ライバルがマリア様だった。ちょっとばかし分が悪いよね」
冗談めかしに言っているが、それがどれだけ辛いことか想像に難くない。それでも、それは結局想像の範囲内で聖さまがどれだけ辛い思いをしたかなんて本人にしか分からないし、分かってもらうつもりもないだろう。
「言っておくけど、今はそれで良かったと思ってるから悪しからず」
「そう、なんですか」
「うん」
それだけ言うと聖さまは黙ってしまった。
黙って、どうしようかと悩んでいると聖さまはクルリと向きを変えて「そんじゃ、いくわ」と告げた。
「あの!」
「ん?」
呼び止めると立ち止まって顔だけをこちらに向ける。
何を聞こうかなんて考えてもいなかった。
ただ気がついたら叫んでいた。
私は一体何が聞きたかったのだろうか。
叶わない恋をしたといった聖さまに一体どんな言葉を貰いたかったのだろうか。
分からない。
「後悔するのはさ。行動してからでも遅くないんじゃない。そんで、選んだ道がどういう結果になろうと、それで良かったと思える未来にすれば、さ」
受け売りだけどね、と聖さまは笑うと「じゃあ」と手を振って帰っていった。
気障な人だと思った。
だけどそれがやけにその人に似合っていた。
「後悔か」
言ってみようか。
何かを考えるのはその後に考えればいい。
「私、祐巳さまが好きなんだ」
「なんで、それを瞳子に言うんです?」
「だって祐巳さまは瞳子の姉でしょ?」
瞳子にそう言ったら容赦なくグーパンチを食らった。
「乃梨子さんは馬鹿ですわ。ホントに。どうせお馬鹿な乃梨子さんのことだから瞳子に悪いからとかいう理由で遠慮していたんでしょうね。乃梨子さんがお姉さまを好きなことくらいとっくの昔に気づいてましたわ。ええ、それはもう大昔に」
「え?」
「だから、乃梨子さんには幸せになってほしいと言ってるんですの! 私は素直になれませんでした。素直になろうと思ったのは乃梨子さんのおかげです。それで今、瞳子はお姉さまの妹になれました。乃梨子さんも素直になるべきです」
「でも、瞳子は?」
「だから! 乃梨子さんはお馬鹿だ言ってるんです。瞳子にとってお姉さまはお姉さまです。それ以上でもそれ以下でもありません。お願いですから瞳子に遠慮しないでください」
「ごめん」
「いいですわ」
「ありがとう。まあ、幸せになると言っても祐巳さまの答えを聞くまで分からないんだけどね」
「それなら……心配するまでもないですわ」
瞳子は呆れたように苦笑した。
その苦笑の意味が私にはわからなかったけど、とりあえず頷いておいた。
話してみればそれだけのことで、あんなに思いつめていたのが嘘のように心が晴れていた。まだ祐巳さまに告白すらしていないのに、私にはその結果がどちらに転んでも、多分大丈夫だと漠然と確信していた。
古い温室で私は祐巳さまを待っている。
ここにしたのは他の誰にも邪魔されたくなかったからだった。祐巳さまの足音が聞こえてくる。少し急ぎ足なのは遅れてきたのを気にしている所為だからだろう。
気にしなくてもいいのに、と私は思う。
でも、それが祐巳さまの良いところで、私が大好きなところだった。
そして、祐巳さまが温室のドアを開ける。蒸気した顔がほんのりと赤く染まっていて、息を途切れ途切れにしていた。
一秒一秒がとても長く感じられて、このまま時が止まってしまえばいいのに、と心のどこかで思っている私がいた。
そうすればずっと祐巳さまといれる。
それは私が望んでいたことで。
そんなことを考えているとようやく呼吸を整え終えた祐巳さまがエヘヘと笑う。
「遅れてごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ」
だから私もエヘヘと笑う。
それだけで私は心が満たされて。
それだけで私は幸せになって。
それだけで私は……。
「祐巳さま」
「なあに、乃梨子ちゃん」
「私は祐巳さまを愛してます。それだけを言いたくて」
言いたいことはたくさんあったけど、祐巳さまを前にしたらそんなこと全て吹き飛んでしまった。祐巳さまの顔を直視するのが恐くて、だけど逃げることも出来なかった。
「私も」
祐巳さまの顔は相変わらずほんのりと赤く染まっていて、だけど明らかに温室に来た直後より赤くなっていた。
「私も乃梨子ちゃんのこと好き」
その一言で私は全てが吹き飛ぶほど舞い上がって、それでもやっぱり二条乃梨子は福沢祐巳さまが大好きだと言うことを再確認するのだった。
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