kiss you ture end 乃梨子編
「あ」
声を大に叫んだのは何も忘れ物をしたからではない。
授業中に居眠りをしててたたき起こされたならまだわかるが、今の私には眠気など欠片もなかった。
「い」
と続けたのは何も発声練習をしているからではない。
ここが学校で私が演劇部に所属しているならわからなくもないが、今は駅のホームに立っていてついでに言うなら演劇部に所属しているわけでもない。
「し」
その思いが届くように。
「て」
その願いが叶うように。
「る」
時代遅れのドラマのように反対側のホームで電車を待つ愛しい人へ。
「祐巳ーーー!」
「愛してる、祐巳」
隣のホームからそう声がした。
目を凝らさなくたってそこにいるのが乃梨子ちゃんであることは一目で分かった。おかっぱ頭の仏像好き。そして、私の大好きな人。
「どうしたの?」
一歩前に踏み出して問いかけるが反対ホームに到着した電車によってそれはかき消された。スピードを落とす電車越しに乃梨子ちゃんのいたホームを見るがすでに姿はなく、電車が到着しきる前に息を切らせて乃梨子ちゃんは階段を駆け下りてきた。
「どうしたの?」
今度はちゃんと届くように私は問いかける。
ここまで急いできたのか息は途切れ途切れで何かを口にしようとしてはまた下を向いて大きく深呼吸した。
「祐巳さま、○○県に行くというのは本当ですか?」
「本当だけど?」
私は一週間分の荷物をつめたバッグを抱えげて答えた。
確かに私はお祖母ちゃんの家に行くのだけど、山百合会の仕事などで一人遅れて行くことになったのだった。それは瞳子にも言ってあるはずだったのだが。
「ダメです」
乃梨子ちゃんはバッグを奪い取ると叫ぶように言った。
「乃梨子ちゃん、どうしたの?」
急に我がままを言い始めた乃梨子ちゃんを不思議に思いながらも私は聞いた。普段はこんなことをする子ではないのに。
「何でそんなに」
「え?」
「何でそんなに祐巳さまは普通なんですか!」
大声を上げる乃梨子ちゃん。
だけど私は質問の意図が分からなかった。もしかして一週間でも離れるのが辛かったのだろうか。
それはそれで嬉しいことでもあるのだが、どうやら今回は違った。
「もう会えないかもしれないんですよ!」
「へ? そんなことないよ」
いつからそんな話になったのだろうか。
いや、乃梨子ちゃんにこんな話を吹き込んだ人物の心当たりの検討はつく。だけど、乃梨子ちゃんがその人の話を簡単に鵜呑みにしないことを知っている。
もしかしたら瞳子も絡んでるのかな、なんて思っていると乃梨子ちゃんは真剣な表情で私に詰め寄った。
「嘘つかないでください」
「嘘なんてついてなよ」
そう私は微笑する。
「何で、そんなに無理して笑うんですか」
「無理なんて」
「私、知ってるんです。祐巳さまが病気だって。もう長くないかもしれないって。瞳子が言ってました。私に心配かけないために一人で行くんだって。私は!」
乃梨子ちゃんの瞳から涙が一粒流れる。
「私は祐巳さまの力になりたい」
なんて罪な人たちなんだろうか。
おそらくこの茶番劇をしかけたのは聖さまと瞳子。瞳子は時期演劇部部長で演技の実力も人並みはずれたものを持っている。涙の一つでも流して、私を病人にしたて上げることくらい容易だろう。
だけど、そのおかげで乃梨子ちゃんがこんなにも悲しむことを二人は知らない。
そうは言っても。
全ての元凶は私。
他人を責めることなどできやしない。
「まったく」
乃梨子ちゃんの瞳から流れ落ちる涙を私はふき取ってあげた。
「泣かないの」
「でも!」
涙を流す乃梨子ちゃんを私は優しく抱きしめた。
「ごめんなさいね」
「な、んで……謝るんですか」
「私の中途半端な態度で乃梨子ちゃんを傷つけてしまったんじゃないかと思って」
「そんなこと、ないです」
好きだと言っておきながら私は何もしなかった。冗談にして逃げた。いつか仏像より私が好きになったらなんて言っておきながら、再度問いかけたりしなかった。
でも、それは恐かったから。
冗談だと分かっていても仏像に負けてしまった私自身に自身が持てなくて、聞けなかった。
それじゃ駄目だったんだ。
これは聖さまと瞳子が与えてくれたチャンスだったのかもしれない。
その真偽は分からない。
「ねえ、乃梨子ちゃん」
「はい」
「私のこと好き?」
「もちろんです」
「じゃあ私と仏像、どっちが好き?」
だから私は答えを聞いた。
踏み出せなかった一歩。
「そんなの!」
乃梨子ちゃんはしっかりと私の目を見つめると最大級の笑顔で答えてくれた。
「祐巳さまに決まってるじゃないですか!」
「ありがとう」
心が自然と満たされて、釣られて私にも笑顔が浮かんだ。
たった一言なのに随分と長い時間をかけてしまった。
「乃梨子ちゃん」
私はもう一度乃梨子ちゃんを抱き寄せてキスをしようと顔を近づけた。
「祐巳さま、私と甘いもの。どっちが好きですか?」
あと少しで顔が重なると言うところで意地悪な笑みを浮かべて乃梨子ちゃんが聞いた。私の時と同じように。
この答えの正解が何なのか、今の私にははっきりと分かる。だけど、意地悪な乃梨子ちゃんに私は意地悪な答えを出した。
「甘いものかな」
その答えに乃梨子ちゃんは少しだけ陰を落とす。
そんな乃梨子ちゃんの顔を私は両手で包んで、あの時出来なかったキスをした。時間にしてほんの数秒。
乃梨子ちゃんの体温を感じるには短くて、それでも何もなかったとは言えない時間。
幸せの時間だった。
「乃梨子ちゃんとのキス」
え、っと乃梨子ちゃんは不思議そうな顔をした。だから、私は答えを教えてあげた。
「大好きな乃梨子ちゃんとする甘いキス、私は大好きだよ」
「祐巳さま」
感極まった乃梨子ちゃんはまた泣き出してしまった。
そして、ようやく私が難病に犯された薄幸の美少女だという設定を思い出したのだった。だけど、それを教えるにはこの状況はあまりにもそぐわなくて、その全てを妹に押し付けるのは何だけど、このまま旅立つのもいいかなー、なんて少し考えたりして。もっともそのまま乃梨子ちゃんを放って置けるはずもなく、私はお祖母ちゃんの家に帰るのを今年は諦めるのだった。
家に誰もいない一週間ずっと一緒にいようね。
(ありがとう、乃梨子ちゃん。大好きだよ)
声を大に叫んだのは何も忘れ物をしたからではない。
授業中に居眠りをしててたたき起こされたならまだわかるが、今の私には眠気など欠片もなかった。
「い」
と続けたのは何も発声練習をしているからではない。
ここが学校で私が演劇部に所属しているならわからなくもないが、今は駅のホームに立っていてついでに言うなら演劇部に所属しているわけでもない。
「し」
その思いが届くように。
「て」
その願いが叶うように。
「る」
時代遅れのドラマのように反対側のホームで電車を待つ愛しい人へ。
「祐巳ーーー!」
「愛してる、祐巳」
隣のホームからそう声がした。
目を凝らさなくたってそこにいるのが乃梨子ちゃんであることは一目で分かった。おかっぱ頭の仏像好き。そして、私の大好きな人。
「どうしたの?」
一歩前に踏み出して問いかけるが反対ホームに到着した電車によってそれはかき消された。スピードを落とす電車越しに乃梨子ちゃんのいたホームを見るがすでに姿はなく、電車が到着しきる前に息を切らせて乃梨子ちゃんは階段を駆け下りてきた。
「どうしたの?」
今度はちゃんと届くように私は問いかける。
ここまで急いできたのか息は途切れ途切れで何かを口にしようとしてはまた下を向いて大きく深呼吸した。
「祐巳さま、○○県に行くというのは本当ですか?」
「本当だけど?」
私は一週間分の荷物をつめたバッグを抱えげて答えた。
確かに私はお祖母ちゃんの家に行くのだけど、山百合会の仕事などで一人遅れて行くことになったのだった。それは瞳子にも言ってあるはずだったのだが。
「ダメです」
乃梨子ちゃんはバッグを奪い取ると叫ぶように言った。
「乃梨子ちゃん、どうしたの?」
急に我がままを言い始めた乃梨子ちゃんを不思議に思いながらも私は聞いた。普段はこんなことをする子ではないのに。
「何でそんなに」
「え?」
「何でそんなに祐巳さまは普通なんですか!」
大声を上げる乃梨子ちゃん。
だけど私は質問の意図が分からなかった。もしかして一週間でも離れるのが辛かったのだろうか。
それはそれで嬉しいことでもあるのだが、どうやら今回は違った。
「もう会えないかもしれないんですよ!」
「へ? そんなことないよ」
いつからそんな話になったのだろうか。
いや、乃梨子ちゃんにこんな話を吹き込んだ人物の心当たりの検討はつく。だけど、乃梨子ちゃんがその人の話を簡単に鵜呑みにしないことを知っている。
もしかしたら瞳子も絡んでるのかな、なんて思っていると乃梨子ちゃんは真剣な表情で私に詰め寄った。
「嘘つかないでください」
「嘘なんてついてなよ」
そう私は微笑する。
「何で、そんなに無理して笑うんですか」
「無理なんて」
「私、知ってるんです。祐巳さまが病気だって。もう長くないかもしれないって。瞳子が言ってました。私に心配かけないために一人で行くんだって。私は!」
乃梨子ちゃんの瞳から涙が一粒流れる。
「私は祐巳さまの力になりたい」
なんて罪な人たちなんだろうか。
おそらくこの茶番劇をしかけたのは聖さまと瞳子。瞳子は時期演劇部部長で演技の実力も人並みはずれたものを持っている。涙の一つでも流して、私を病人にしたて上げることくらい容易だろう。
だけど、そのおかげで乃梨子ちゃんがこんなにも悲しむことを二人は知らない。
そうは言っても。
全ての元凶は私。
他人を責めることなどできやしない。
「まったく」
乃梨子ちゃんの瞳から流れ落ちる涙を私はふき取ってあげた。
「泣かないの」
「でも!」
涙を流す乃梨子ちゃんを私は優しく抱きしめた。
「ごめんなさいね」
「な、んで……謝るんですか」
「私の中途半端な態度で乃梨子ちゃんを傷つけてしまったんじゃないかと思って」
「そんなこと、ないです」
好きだと言っておきながら私は何もしなかった。冗談にして逃げた。いつか仏像より私が好きになったらなんて言っておきながら、再度問いかけたりしなかった。
でも、それは恐かったから。
冗談だと分かっていても仏像に負けてしまった私自身に自身が持てなくて、聞けなかった。
それじゃ駄目だったんだ。
これは聖さまと瞳子が与えてくれたチャンスだったのかもしれない。
その真偽は分からない。
「ねえ、乃梨子ちゃん」
「はい」
「私のこと好き?」
「もちろんです」
「じゃあ私と仏像、どっちが好き?」
だから私は答えを聞いた。
踏み出せなかった一歩。
「そんなの!」
乃梨子ちゃんはしっかりと私の目を見つめると最大級の笑顔で答えてくれた。
「祐巳さまに決まってるじゃないですか!」
「ありがとう」
心が自然と満たされて、釣られて私にも笑顔が浮かんだ。
たった一言なのに随分と長い時間をかけてしまった。
「乃梨子ちゃん」
私はもう一度乃梨子ちゃんを抱き寄せてキスをしようと顔を近づけた。
「祐巳さま、私と甘いもの。どっちが好きですか?」
あと少しで顔が重なると言うところで意地悪な笑みを浮かべて乃梨子ちゃんが聞いた。私の時と同じように。
この答えの正解が何なのか、今の私にははっきりと分かる。だけど、意地悪な乃梨子ちゃんに私は意地悪な答えを出した。
「甘いものかな」
その答えに乃梨子ちゃんは少しだけ陰を落とす。
そんな乃梨子ちゃんの顔を私は両手で包んで、あの時出来なかったキスをした。時間にしてほんの数秒。
乃梨子ちゃんの体温を感じるには短くて、それでも何もなかったとは言えない時間。
幸せの時間だった。
「乃梨子ちゃんとのキス」
え、っと乃梨子ちゃんは不思議そうな顔をした。だから、私は答えを教えてあげた。
「大好きな乃梨子ちゃんとする甘いキス、私は大好きだよ」
「祐巳さま」
感極まった乃梨子ちゃんはまた泣き出してしまった。
そして、ようやく私が難病に犯された薄幸の美少女だという設定を思い出したのだった。だけど、それを教えるにはこの状況はあまりにもそぐわなくて、その全てを妹に押し付けるのは何だけど、このまま旅立つのもいいかなー、なんて少し考えたりして。もっともそのまま乃梨子ちゃんを放って置けるはずもなく、私はお祖母ちゃんの家に帰るのを今年は諦めるのだった。
家に誰もいない一週間ずっと一緒にいようね。
(ありがとう、乃梨子ちゃん。大好きだよ)
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