藤堂祐巳
藤堂祐巳の続きです。これとあと一話で終わり。
「祐巳さん、祐巳さん」
音楽室の掃除をしていると蔦子さんがやってきた。蔦子さんの掃除は教室の掃除だったから祐巳に用事があってきたことは一目瞭然だった。
「今朝のことだけれど」
今朝と言われて祐巳が思い出したのは志摩子との喧嘩の事だ。
「あの時はありがとう。もし止めてくれなかったら私、多分取り返しのつかないこと言ってたから」
「ああ、それもあるのだけど。祐巳さん私が写真部に所属なのはご存知?」
「ええ」
いまさら何を。
「だったらわかるでしょう。今朝あった写真に関係するもう一つのことと言えば」
そう言って蔦子さんはおもむろに二枚の写真を取り出した。
一枚は祥子様に祐巳がタイを直してもらっている時の写真。シャッターチャンスを逃さず取るとはさすがは自称写真部エース。
そして、もう一枚の写真は祐巳と志摩子が言い争っている時の写真だった。
「今日撮れた最高の写真よ。これのおかげで私は今日お昼休みを返上したわけだから祐巳さんにも責任があると思わない?」
「私の責任なわけ? ていうか蔦子さん、まさか」
祐巳の言葉に蔦子さんは悪戯に笑う。
祐巳の周りには自分のことをからかって遊ぶ人間しかいないのかと不思議に思うくらいだ。
「そのまさかよ。この二枚を学園祭写真部展示コーナーにパネルで飾らせてもらえないかしら。条件はそうね、今朝の騒動の仲介料ってところで」
「そんなこと言われたらダメっていえないじゃない」
まったく油断のならない人だった。祐巳が断れないことを知っていてこんな写真を出すのだから。
「じゃあ」
「でも、二枚目の方はダメ」
そう言って祐巳は二枚目の方の写真を蔦子さんから取り上げた。
「えー」
「えー、じゃない」
えー、と言っている割に蔦子さんはあまり残念そうな様子ではなかった。おそらく祐巳に断られることを分かっていたのだろう。
「まあ、いいけどね。ところで祐巳さん、私の写真に関するポリシーもご存知かしら?」
「撮った写真は本人の許可なくして公表しないってこと?」
その話も有名なことだった。
「ええ。だから」
「だから?」
桂さんも蔦子さんも焦らすのが好きなようですぐに核心を突くようなことをなかなかしなかった。
「祥子様から了承をとってきてもらいたいのだけど」
蔦子さんの口から飛び出した言葉を祐巳は理解するのにゆうに五秒はかかった。そして、何とか言葉を口にした。
「何で私が?」
「だってこれ姉妹のようじゃない?」
蔦子さんはさらりとそう言うが、それは祐巳にとって禁句だった。
「怒るよ」
祥子様は祐巳ではなく、志摩子のことをスールにしたかったのだ。
「怒らないで。確かに祥子様は志摩子さんにスールの申し出はしたけれど、私は祐巳さんと祥子様って合うと思うな」
「何を根拠に?」
「根拠なんてないわよ。私の長年の勘ってやつね」
そう言って蔦子は祐巳にタイを直してもらっている写真を渡して続けた。
「それに、その写真ほしいでしょ」
どの、と言わないのが蔦子さんの凄いところだと祐巳は感じざるを得なかった。
「わかった」
しぶしぶ祐巳はうなずいた。
山百合会に行けば必然的に志摩子に会うことになる。だから嫌だった。朝、喧嘩した手前どういった顔で志摩子に会えばいいかわからなかった。
「ただお互いに素直になればいいだけじゃない」
「なんのこと?」
蔦子さんは何の脈絡もなく言った。
まるで祐巳の心を見透かすように。でも、蔦子さんは志摩子を除けばリリアンで一番付き合いが長いのだから、祐巳の考えていることくらい分かるのかもしれない。
「お姉さんのことに決まってるでしょ。二人とも本当はお互いのこと大好きなくせに」
「別に、そんなことないよ」
祐巳は本心から言ったつもりだったが、それでも蔦子さんは満足そうに笑っていた。
ごく普通の一年生なら訪れることさえ気が引きそうな薔薇の館。祐巳はその前に立って眺めた。
「祥子様いるかな?」
祐巳は不安げに声を上げた。
もっとも祥子様がいなくても志摩子はいるのだ。どちらにしても入りづらいというわけだ。
「いまさら何言ってるの。教室にはいなかったでしょう。ほらいくわよ」
そう蔦子さんが祐巳を鼓舞してさあ扉を開けようとドアノブに手をかけようとしたその時、二人の背後から声がした。
「山百合会に何か御用?」
子どもの頃から聞き親しんだ声。聞き間違える筈がなかった。振り返らずともそれが志摩子であることが分かった。
「あっ、志摩子さん丁度良かった。私たち祥子様にお話があるのだけど」
蔦子さんはラッキーだと言わんばかりに手を叩いて用件を告げたが、祐巳も志摩子もお互いの顔をあまり見ようとはしなかった。
「祥子様なら今二階にいらっしゃると思うから、お入りになったら?」
どこか他人行儀なのは祐巳のことをまだ怒っている証拠。祐巳だって志摩子のことをまだ許せていなかった。
さっきに入った志摩子の後を追うように祐巳は薔薇の館に足を踏み入れた。
「こらこら」
横で蔦子さんは肘で祐巳を突く。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。ぎすぎすし過ぎ。早く仲直りしなさいよ」
蔦子さんの心配りは嬉しい。祐巳だって志摩子といつまでも喧嘩していたいわけではない。
「わかってるけど……」
蔦子さんはそれを聞いてふぅと一つため息を吐いた。
「しょうがないね。祐巳さんと志摩子さんは似たもの双子姉妹だから」
「どこが?」
「秘密よ、秘密」
先頭の志摩子に続いて祐巳たちが扉の前にやってくると、中から突然耳をつんざくような声が聞こえてきた。
「横暴ですわ。お姉さま方の意地悪!」
ドアにかけられた『会議中です、お静かに』を自ら破っている大声だった。
「どうやら祥子様いらっしゃるみたいね」
志摩子が蔦子さんに申し訳なさそうに笑った。
「と言うことは今のは祥子様の?」
それに対して志摩子は「ええ、いつものことよ」と微笑を浮かべて、ノックもせずにドアをゆっくりと開けた。
と、その瞬間。
「すぐに連れて来ればいいのでしょう」
という捨て台詞にのような言葉を残して、一人の生徒がドアから勢いよく飛び出してきた。そして、その人物は扉の前に立っていた祐巳にそのまま突っ込んできて二人ともなすすべもなくその場に倒れこんでしまった。
音楽室の掃除をしていると蔦子さんがやってきた。蔦子さんの掃除は教室の掃除だったから祐巳に用事があってきたことは一目瞭然だった。
「今朝のことだけれど」
今朝と言われて祐巳が思い出したのは志摩子との喧嘩の事だ。
「あの時はありがとう。もし止めてくれなかったら私、多分取り返しのつかないこと言ってたから」
「ああ、それもあるのだけど。祐巳さん私が写真部に所属なのはご存知?」
「ええ」
いまさら何を。
「だったらわかるでしょう。今朝あった写真に関係するもう一つのことと言えば」
そう言って蔦子さんはおもむろに二枚の写真を取り出した。
一枚は祥子様に祐巳がタイを直してもらっている時の写真。シャッターチャンスを逃さず取るとはさすがは自称写真部エース。
そして、もう一枚の写真は祐巳と志摩子が言い争っている時の写真だった。
「今日撮れた最高の写真よ。これのおかげで私は今日お昼休みを返上したわけだから祐巳さんにも責任があると思わない?」
「私の責任なわけ? ていうか蔦子さん、まさか」
祐巳の言葉に蔦子さんは悪戯に笑う。
祐巳の周りには自分のことをからかって遊ぶ人間しかいないのかと不思議に思うくらいだ。
「そのまさかよ。この二枚を学園祭写真部展示コーナーにパネルで飾らせてもらえないかしら。条件はそうね、今朝の騒動の仲介料ってところで」
「そんなこと言われたらダメっていえないじゃない」
まったく油断のならない人だった。祐巳が断れないことを知っていてこんな写真を出すのだから。
「じゃあ」
「でも、二枚目の方はダメ」
そう言って祐巳は二枚目の方の写真を蔦子さんから取り上げた。
「えー」
「えー、じゃない」
えー、と言っている割に蔦子さんはあまり残念そうな様子ではなかった。おそらく祐巳に断られることを分かっていたのだろう。
「まあ、いいけどね。ところで祐巳さん、私の写真に関するポリシーもご存知かしら?」
「撮った写真は本人の許可なくして公表しないってこと?」
その話も有名なことだった。
「ええ。だから」
「だから?」
桂さんも蔦子さんも焦らすのが好きなようですぐに核心を突くようなことをなかなかしなかった。
「祥子様から了承をとってきてもらいたいのだけど」
蔦子さんの口から飛び出した言葉を祐巳は理解するのにゆうに五秒はかかった。そして、何とか言葉を口にした。
「何で私が?」
「だってこれ姉妹のようじゃない?」
蔦子さんはさらりとそう言うが、それは祐巳にとって禁句だった。
「怒るよ」
祥子様は祐巳ではなく、志摩子のことをスールにしたかったのだ。
「怒らないで。確かに祥子様は志摩子さんにスールの申し出はしたけれど、私は祐巳さんと祥子様って合うと思うな」
「何を根拠に?」
「根拠なんてないわよ。私の長年の勘ってやつね」
そう言って蔦子は祐巳にタイを直してもらっている写真を渡して続けた。
「それに、その写真ほしいでしょ」
どの、と言わないのが蔦子さんの凄いところだと祐巳は感じざるを得なかった。
「わかった」
しぶしぶ祐巳はうなずいた。
山百合会に行けば必然的に志摩子に会うことになる。だから嫌だった。朝、喧嘩した手前どういった顔で志摩子に会えばいいかわからなかった。
「ただお互いに素直になればいいだけじゃない」
「なんのこと?」
蔦子さんは何の脈絡もなく言った。
まるで祐巳の心を見透かすように。でも、蔦子さんは志摩子を除けばリリアンで一番付き合いが長いのだから、祐巳の考えていることくらい分かるのかもしれない。
「お姉さんのことに決まってるでしょ。二人とも本当はお互いのこと大好きなくせに」
「別に、そんなことないよ」
祐巳は本心から言ったつもりだったが、それでも蔦子さんは満足そうに笑っていた。
ごく普通の一年生なら訪れることさえ気が引きそうな薔薇の館。祐巳はその前に立って眺めた。
「祥子様いるかな?」
祐巳は不安げに声を上げた。
もっとも祥子様がいなくても志摩子はいるのだ。どちらにしても入りづらいというわけだ。
「いまさら何言ってるの。教室にはいなかったでしょう。ほらいくわよ」
そう蔦子さんが祐巳を鼓舞してさあ扉を開けようとドアノブに手をかけようとしたその時、二人の背後から声がした。
「山百合会に何か御用?」
子どもの頃から聞き親しんだ声。聞き間違える筈がなかった。振り返らずともそれが志摩子であることが分かった。
「あっ、志摩子さん丁度良かった。私たち祥子様にお話があるのだけど」
蔦子さんはラッキーだと言わんばかりに手を叩いて用件を告げたが、祐巳も志摩子もお互いの顔をあまり見ようとはしなかった。
「祥子様なら今二階にいらっしゃると思うから、お入りになったら?」
どこか他人行儀なのは祐巳のことをまだ怒っている証拠。祐巳だって志摩子のことをまだ許せていなかった。
さっきに入った志摩子の後を追うように祐巳は薔薇の館に足を踏み入れた。
「こらこら」
横で蔦子さんは肘で祐巳を突く。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。ぎすぎすし過ぎ。早く仲直りしなさいよ」
蔦子さんの心配りは嬉しい。祐巳だって志摩子といつまでも喧嘩していたいわけではない。
「わかってるけど……」
蔦子さんはそれを聞いてふぅと一つため息を吐いた。
「しょうがないね。祐巳さんと志摩子さんは似たもの双子姉妹だから」
「どこが?」
「秘密よ、秘密」
先頭の志摩子に続いて祐巳たちが扉の前にやってくると、中から突然耳をつんざくような声が聞こえてきた。
「横暴ですわ。お姉さま方の意地悪!」
ドアにかけられた『会議中です、お静かに』を自ら破っている大声だった。
「どうやら祥子様いらっしゃるみたいね」
志摩子が蔦子さんに申し訳なさそうに笑った。
「と言うことは今のは祥子様の?」
それに対して志摩子は「ええ、いつものことよ」と微笑を浮かべて、ノックもせずにドアをゆっくりと開けた。
と、その瞬間。
「すぐに連れて来ればいいのでしょう」
という捨て台詞にのような言葉を残して、一人の生徒がドアから勢いよく飛び出してきた。そして、その人物は扉の前に立っていた祐巳にそのまま突っ込んできて二人ともなすすべもなくその場に倒れこんでしまった。
スポンサーサイト
コメントの投稿
志摩子に振られたばかりという事実を知ってる祐巳が
すんなりOKを出すとは思えないけど・・・
どちらにしろ更新お待ちしております。