黄薔薇の蕾まっしぐら
「黄薔薇の蕾まっしぐら」の続きです。なんかどんどん聖さまがへたれに……。
今日の祐巳は元気がなかった。
今日は久しぶりにあったからいっぱい話すことがあったのに、それが気になって結局あんまり話すことができなかった。
最近は兄貴たちが私のことをとっかえひっかえ連れまわすので、家に帰る時間もなかった。だけどあんな兄貴たちにもちろん可愛い祐巳を紹介できるはずもなく、逆もまた然りだ。あんなシスコン兄貴を祐巳に見せるのは憚られた。
だから、ホテルに泊まっているということは黙っていたのだけど。
「祐巳ちゃん、元気なかったね」
「そうね」
「せっかく受験終わったのに祐巳ちゃんかまわないで、何やってんのさ」
聖の言葉はもっともだったが私にも私なりの事情があるのだ。
「兄貴たちがうるさいのよ」
「あー、なるほど」
「私だってね、あと少ししかない祐巳との時間を楽しみたいの。聖や蓉子と違ってまだまだ私は祐巳と一緒にいたいんだから」
「何それ? 私だって栞と一緒にいたよ」
「聖の場合、相手が望んでいないでしょ」
私はバッサリと切り捨てる。
栞は志摩子がいれば十分そうだし。
「そうなんだよ」
予想通り聖は情けない声を上げた。
なんだか最近、私は聖の愚痴を聞く相手になっているような気がする。この腐れ縁がまだ続くと思うとうんざりだ。
「栞ってばさ、『私には志摩子がいますから、お姉さまは卒業なさって結構ですので。それと卒業なさるときはお姉さまが心配なさらないように笑って見送ってあげますね』なんて言うんだよ。ひどくない?」
それは私に聞くことではないだろう。
もっともこういう愚痴は誰かに聞いてもらえればそれでいいのだろうけど。
「この前なんか三人で遊ぼうって言ったら、『お姉さまは空気になれますか? なれないなら遠慮してください』って」
栞ってそんなに毒舌だったのか。
私はそんなに話したことのない栞の裏の顔を知った気がした。
「聖の話はどうでもいいから」
「江利子にまで見捨てられたら、私はもう祐巳ちゃんしかいないよ」
いつも私が邪険にすると聖は脅し文句のようにその言葉を口にする。祐巳が聖の毒牙にかかるくらいなら、といつも聖の相手になってしまうのだ。
「わかった。聞くから」
「そうそう」
聖は満足したように頷くともう何度聞かされたか分からない愚痴をまた延々と話すのだった。
「元気ないじゃない?」
祐巳と薔薇の館で久しぶりに一緒に過ごしていた。
私は朝から気になっていた疑問をぶつけると、祐巳は一度私を見て、また下を向いてしまった。
「なんでもありません」
とても何でもないとは思えない口調だった。
「ふう」
私は椅子から立ち上がって祐巳の後ろにまわった。祐巳の肩に頭を置くように寄りかかると祐巳は私の腕を掴んだ。
「どうしたの?」
「すこしお姉さまを感じさせてください」
聞きようによってはかなりいかがわしいセリフ。ここに聖がいなくて本当に良かったと心の中で思っていた。
「お姉さまは、私に話さなければいけないことはないですか?」
「んー、特にこれと言ってないわね」
「そうですか」
そういうと私の手を離して祐巳は立ち上がった。
「でしたらいいです」
そう言うと祐巳は鞄の中から四枚写真を取り出してテーブルの上に並べた。
それは私が兄と一緒に歩いている写真だったのだけど、自分のミスに気づいたときには祐巳はすでに遅かった。
「どういうことですか? これは私に言わなくてもいいことなんですか?」
「祐巳、待って」
「聞きたくありません」
祐巳は泣きたいのを必死に我慢して堪えていた。
私はそんな祐巳の姿を見て、どんな小さなことでも祐巳には話しておくべきだったのかもしれないと反省していた。
私が恥ずかしがったりしなければ、納まっていた事態だった。
「これは」
別に付き合っているとかじゃないのよ。そう言おうとして私は祐巳に遮られた。
「お金が欲しかったんですか? それとも刺激ですか?」
「へ?」
あまりにも検討違いのことを言い出すから、私は思わず間の抜けた声を出した。
「援助交際なんて、お姉さまには似合いません」
なるほど、噂には尾ひれ背びれがつくというが。これはちょっとひどすぎだった。
「祐巳」
「なんでこんなことしたんですか?」
「祐巳!」
私が強く言うとようやく顔を上げて私の顔を見てくれた。
「落ち着きなさい。確かに話さなかった私が悪いとは思うけど、祐巳が考えてるそれは全部間違いだから、一度頭の中を空っぽにしなさい。あなたは一度に詰め込むとパンクするタイプでしょう」
「そっちの方が難しいです」
祐巳は頬を膨らまして反論した。
「これとこれとこれ」
私は三枚の写真を指して、祐巳が理解できるようにゆっくりという。
「これは私の兄貴。つまり兄弟よ」
「へ?」
祐巳は間の抜けた声を上げる。
だいぶ毅然としてきた祐巳だったが、こういう時はまだどこか天然らしさが見え隠れした。そういう表情を見るのが私の楽しみの一つにもなっているのだが。
「御兄弟ですか」
「そうよ」
「でも似てない……」
「似てない兄弟も世の中には多くいるでしょう?」
コクン、と頷く。
未だに信じられないようだった。
「兄弟……そうだったんですか」
「まったく。祐巳の早とちりには毎回苦労させられるわ。私が虫歯になった時も余命何日ですかなんて聞いてくる始末だし」
私が呆れて溜め息をつくと祐巳は顔真っ赤にした。
「あれはお姉さまだって悪いじゃないですか。何の説明もしないで、しかも病院で背後霊みたいに歩いているんですから」
「そうね、ごめんなさいね」
祐巳の前髪を掻きあげて横に流す。
「だけど馬鹿ね。こんなにも私は祐巳のことを思ってるのに」
そう言って私はそのおでこにキスをした。
「ほぇ」
始めは何をされたか分からなかった祐巳だけど、それが何だか分かると悲鳴みたいな声をあげて動揺し始めた。
「なー。な、なにするんですか?」
「何ってキス。挨拶みたいなものでしょ」
「そうやって皆にもしてるんですか?」
「何言ってるの。祐巳だけよ」
そう耳元で囁くと「お姉さまの馬鹿」と呟いて後ろにさがった。そして、トンと机にぶつかると机の上から写真が一枚ヒラリと落ちた。
「あ」
慌てて拾い上げようとしたが先に手が届いたのは祐巳だった。
「そういえばこの方は誰なんですか?」
私はしらじらしく横をむくと「誰だっけ?」とわざとらしくとぼけた。
「お姉さま?」
祐巳はまじまじとその写真を見つめる。
そう言えば祐巳も半年という付き合いを経て、大分私の好みをわかるようになってきた。
「そういえばお姉さまが恋わずらいだとリリアン新聞には載ってました。もしかしてお姉さまはこの方のこと好きなんですか?」
「そうだと言ったら祐巳は応援してくれる?」
私が問うと祐巳は何かを考えるように俯き、そしてもう一度顔を上げたときには痛々しい笑顔を浮かべていた。
「もちろんです」
本当にこの子は馬鹿だ。
少し考えれば分かることなのに、そのことに気づかないなんて。だけどそれが面白くって私はあえて黙っていることにした。
「そう? なら」
そう私が言おうとした時、校内放送が流れた。それは私を呼び出すアナウンスで祐巳を連れて生徒指導室へと向かった。
今日の祐巳は元気がなかった。
今日は久しぶりにあったからいっぱい話すことがあったのに、それが気になって結局あんまり話すことができなかった。
最近は兄貴たちが私のことをとっかえひっかえ連れまわすので、家に帰る時間もなかった。だけどあんな兄貴たちにもちろん可愛い祐巳を紹介できるはずもなく、逆もまた然りだ。あんなシスコン兄貴を祐巳に見せるのは憚られた。
だから、ホテルに泊まっているということは黙っていたのだけど。
「祐巳ちゃん、元気なかったね」
「そうね」
「せっかく受験終わったのに祐巳ちゃんかまわないで、何やってんのさ」
聖の言葉はもっともだったが私にも私なりの事情があるのだ。
「兄貴たちがうるさいのよ」
「あー、なるほど」
「私だってね、あと少ししかない祐巳との時間を楽しみたいの。聖や蓉子と違ってまだまだ私は祐巳と一緒にいたいんだから」
「何それ? 私だって栞と一緒にいたよ」
「聖の場合、相手が望んでいないでしょ」
私はバッサリと切り捨てる。
栞は志摩子がいれば十分そうだし。
「そうなんだよ」
予想通り聖は情けない声を上げた。
なんだか最近、私は聖の愚痴を聞く相手になっているような気がする。この腐れ縁がまだ続くと思うとうんざりだ。
「栞ってばさ、『私には志摩子がいますから、お姉さまは卒業なさって結構ですので。それと卒業なさるときはお姉さまが心配なさらないように笑って見送ってあげますね』なんて言うんだよ。ひどくない?」
それは私に聞くことではないだろう。
もっともこういう愚痴は誰かに聞いてもらえればそれでいいのだろうけど。
「この前なんか三人で遊ぼうって言ったら、『お姉さまは空気になれますか? なれないなら遠慮してください』って」
栞ってそんなに毒舌だったのか。
私はそんなに話したことのない栞の裏の顔を知った気がした。
「聖の話はどうでもいいから」
「江利子にまで見捨てられたら、私はもう祐巳ちゃんしかいないよ」
いつも私が邪険にすると聖は脅し文句のようにその言葉を口にする。祐巳が聖の毒牙にかかるくらいなら、といつも聖の相手になってしまうのだ。
「わかった。聞くから」
「そうそう」
聖は満足したように頷くともう何度聞かされたか分からない愚痴をまた延々と話すのだった。
「元気ないじゃない?」
祐巳と薔薇の館で久しぶりに一緒に過ごしていた。
私は朝から気になっていた疑問をぶつけると、祐巳は一度私を見て、また下を向いてしまった。
「なんでもありません」
とても何でもないとは思えない口調だった。
「ふう」
私は椅子から立ち上がって祐巳の後ろにまわった。祐巳の肩に頭を置くように寄りかかると祐巳は私の腕を掴んだ。
「どうしたの?」
「すこしお姉さまを感じさせてください」
聞きようによってはかなりいかがわしいセリフ。ここに聖がいなくて本当に良かったと心の中で思っていた。
「お姉さまは、私に話さなければいけないことはないですか?」
「んー、特にこれと言ってないわね」
「そうですか」
そういうと私の手を離して祐巳は立ち上がった。
「でしたらいいです」
そう言うと祐巳は鞄の中から四枚写真を取り出してテーブルの上に並べた。
それは私が兄と一緒に歩いている写真だったのだけど、自分のミスに気づいたときには祐巳はすでに遅かった。
「どういうことですか? これは私に言わなくてもいいことなんですか?」
「祐巳、待って」
「聞きたくありません」
祐巳は泣きたいのを必死に我慢して堪えていた。
私はそんな祐巳の姿を見て、どんな小さなことでも祐巳には話しておくべきだったのかもしれないと反省していた。
私が恥ずかしがったりしなければ、納まっていた事態だった。
「これは」
別に付き合っているとかじゃないのよ。そう言おうとして私は祐巳に遮られた。
「お金が欲しかったんですか? それとも刺激ですか?」
「へ?」
あまりにも検討違いのことを言い出すから、私は思わず間の抜けた声を出した。
「援助交際なんて、お姉さまには似合いません」
なるほど、噂には尾ひれ背びれがつくというが。これはちょっとひどすぎだった。
「祐巳」
「なんでこんなことしたんですか?」
「祐巳!」
私が強く言うとようやく顔を上げて私の顔を見てくれた。
「落ち着きなさい。確かに話さなかった私が悪いとは思うけど、祐巳が考えてるそれは全部間違いだから、一度頭の中を空っぽにしなさい。あなたは一度に詰め込むとパンクするタイプでしょう」
「そっちの方が難しいです」
祐巳は頬を膨らまして反論した。
「これとこれとこれ」
私は三枚の写真を指して、祐巳が理解できるようにゆっくりという。
「これは私の兄貴。つまり兄弟よ」
「へ?」
祐巳は間の抜けた声を上げる。
だいぶ毅然としてきた祐巳だったが、こういう時はまだどこか天然らしさが見え隠れした。そういう表情を見るのが私の楽しみの一つにもなっているのだが。
「御兄弟ですか」
「そうよ」
「でも似てない……」
「似てない兄弟も世の中には多くいるでしょう?」
コクン、と頷く。
未だに信じられないようだった。
「兄弟……そうだったんですか」
「まったく。祐巳の早とちりには毎回苦労させられるわ。私が虫歯になった時も余命何日ですかなんて聞いてくる始末だし」
私が呆れて溜め息をつくと祐巳は顔真っ赤にした。
「あれはお姉さまだって悪いじゃないですか。何の説明もしないで、しかも病院で背後霊みたいに歩いているんですから」
「そうね、ごめんなさいね」
祐巳の前髪を掻きあげて横に流す。
「だけど馬鹿ね。こんなにも私は祐巳のことを思ってるのに」
そう言って私はそのおでこにキスをした。
「ほぇ」
始めは何をされたか分からなかった祐巳だけど、それが何だか分かると悲鳴みたいな声をあげて動揺し始めた。
「なー。な、なにするんですか?」
「何ってキス。挨拶みたいなものでしょ」
「そうやって皆にもしてるんですか?」
「何言ってるの。祐巳だけよ」
そう耳元で囁くと「お姉さまの馬鹿」と呟いて後ろにさがった。そして、トンと机にぶつかると机の上から写真が一枚ヒラリと落ちた。
「あ」
慌てて拾い上げようとしたが先に手が届いたのは祐巳だった。
「そういえばこの方は誰なんですか?」
私はしらじらしく横をむくと「誰だっけ?」とわざとらしくとぼけた。
「お姉さま?」
祐巳はまじまじとその写真を見つめる。
そう言えば祐巳も半年という付き合いを経て、大分私の好みをわかるようになってきた。
「そういえばお姉さまが恋わずらいだとリリアン新聞には載ってました。もしかしてお姉さまはこの方のこと好きなんですか?」
「そうだと言ったら祐巳は応援してくれる?」
私が問うと祐巳は何かを考えるように俯き、そしてもう一度顔を上げたときには痛々しい笑顔を浮かべていた。
「もちろんです」
本当にこの子は馬鹿だ。
少し考えれば分かることなのに、そのことに気づかないなんて。だけどそれが面白くって私はあえて黙っていることにした。
「そう? なら」
そう私が言おうとした時、校内放送が流れた。それは私を呼び出すアナウンスで祐巳を連れて生徒指導室へと向かった。
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