魔法の手
今回も「魔法の手」の続きになります。これで一応「魔法の手」は幕引きとなります。拍手&暖かいコメントくださった方ありがとうございます。エピローグは別にしようか悩みましたが、そんなに長くないので一緒にいれちゃいました。
例えば江利子が令に出会っていなかったら、
例えば祥子が祐巳のタイを直していなかったら、
そして、江利子と祐巳が出会ってしまったら、
これはそんな話の終わりの話。
例えば江利子が令に出会っていなかったら、
例えば祥子が祐巳のタイを直していなかったら、
そして、江利子と祐巳が出会ってしまったら、
これはそんな話の終わりの話。
文化祭が終わった。グラウンドでは後夜祭が行われている頃だろう。
賭けはそれなりに楽しかった。
祥子と競うのもそうだし、その間に挟まれて慌てふためく祐巳を見るのも私の密かな楽しみになっていた。
祥子と祐巳は意外に馬が合っていたのかうまくいっていたみたいだった。私も負けるつもりはなかったのだけど。
マリア様の心が聞こえてくる。
祐巳は祥子とどこかにいってしまった。つまりそれは祥子と祐巳がスールの契りを交わすということを意味していた。
「悔しい」
今まで負けたことがなかったというわけではなかった。だけど、こんなに悔しいと思ったのは初めてだった。
ベンチに腰を下ろして、空を見上げた。
雲に覆われた重い空は月の光りさえも遮って今に落ちてきそうなくらいだった。
それを見上げる私も重い。
けれど、重いと感じている部分は、いったいどこの部分なのだろうか。
「悔しいな」
ぽつっ、手の甲に水滴が落ちる。
初めはあまりに重い雲が雨でも降らしたのかと思っていた。でも、違った。雨なんかじゃなかった。
その水滴は私の瞳から留めなく溢れていたのだから。
「あれ?」
気づけば私は涙を流していた。
泣くのなんて何年ぶりだろう。
何でも出来たおかげで全てがつまらなく思えて、大して感動もしなくなったはずだったのに、ぽろぽろ落ちる涙だけはとめることができなかった。
こんなにも心動かされる事になるなんて思いもしなかった。
「どうして泣いているんですか?」
突然、いるはずのない人の声に驚いて顔をあげた。
そこには祐巳が立っていた。
「何でもないのよ」
私は何度も涙を拭いて強がってみせる。
そうしたのは多分、祐巳に弱い自分を見せたくなかったからだった。
「それが嘘だってことくらい私でも分かります。意外に江利子様も嘘が下手ですね」
だけど、あっさり見破られて、祐巳は微笑を浮かべると私の隣に座った。
「少しいいですか?」
「祥子はどうしたの?」
「祥子様ですか? 別に何もありませんよ。さっきはただダンスの約束をしていたので踊っていただけです。妹の話は逆に断られてしまいました。『私はあなたといると甘えてしまいそうだから、祐巳の姉にはなれない』って」
「どうして?」
あんなに仲が良かったのに、祥子が柏木さんと踊ることが嫌だということに気づいたのも祐巳だった。そして、そんな祥子を元気付けたのも祐巳だった。
聖に持ちかけられた賭けだったけど、そこに私の入り込む余地はまったくなかったように思えた。
「祥子様はわがままでとても繊細です。だけど江利子様が思ってるほど弱くないんですよ。ご自分の嫌いなものに向かって行く力強さを持っています。だからきっと私がいなくても大丈夫です」
祐巳は静かに微笑んだ。
「それに魔法使いを好きになるシンデレラだっているかもしれないじゃないですか」
あまりにあっけらかんと言うものだから始め何を言っているのか分からなかった。
でも、あの言葉の意味に祐巳が気づいていた、そう分かると止まっていたはずの涙がまた流れ始めていた。
「な、んで、そんなこというの?」
「私、気づいちゃったんです。舞台前、江利子様に肩を押された時、どうしようもないくらい寂しい気持ちになりました。祥子様とピアノを弾いてるのを見られたときは、隠し事がばれたような気持ちになりました。タイを直してもらっているときは、毎日こんな風にしてもらえればどんなにいいだろうって思いました。江利子様が私をからかって笑っているのをみて、怒りたいはずなのに幸せな気持ちになりました。もっとずっと一緒にいたいって思ったんです」
「でも」
「そして、今日は江利子様が本当は強くなんかないんだって、完璧なんかじゃないんだって知りました。辛いことがあったら泣きたくなるような普通な女の子だって。そんな江利子様の支えに、妹になりたいと思ったんです。それじゃあ、駄目ですか?」
私は首を振る。
「駄目じゃない」
駄目なんて、むしろ私が望んでいることだ。祐巳の笑顔を見ながら心のおもりが取れていくのが分かった。
「私を江利子様のスールにしてください」
「うん」
私は何も言わず黙ってロザリオを祐巳の首にかけた。祐巳はロザリオの感触を確かめながらゆっくりと私をみた。
「もう絶対離さない」
「私も離れません」
私は祐巳の手を握ると答えた。そして、顔を見合わせると気恥ずかしさからかは小さく笑い合った。
私と祐巳がスールになった夜。
マリア様だけが私たちを見ていた。
「お姉さま、お姉さま」
祐巳の声に私は起こされた。
集まる時間より随分早く着いてしまったから少し休もうと思ったのだけど、どうやら随分眠っていたみたいだった。
「大丈夫ですか?」
「なんで?」
心配そうに祐巳が聞くので不思議に思って聞き返した。眠っていただけで体調が悪かったわけではなかったから。
「お姉さま、泣いてました」
「え」
確かめてみると確かに涙が溜まっていた。
「こんな時間まで眠って、一体何の夢を見てらしたんですか?」
祐巳を妹にしてから祥子が私に当たる回数が増えたような気がする。
「祐巳が祥子の妹になる夢を見てた」
だから私は精一杯の嫌味を祥子に言ってあげた。先輩からの心ばかりの思いやりというやつだ。
「悪趣味だね」
聖が手を叩いて笑って、祥子はハンカチを取り出して破いていた。蓉子は米神を押さえて溜め息をついていたし、栞と志摩子は相変わらず自分たちの世界に浸っていた。
そして、祐巳は。
「私はどこにもいきませんよ」
そう呆れたように笑って言った。
「知ってるよ、祐巳は忠犬だもんね」
「蔦子さんに聞いたんですか?」
「ふふ」
「おねえさまぁ」
からかってみると祐巳は情けない声を上げてふて腐れるのだった。
祐巳の手は私をつまらない日常から非日常に連れて行ってくれると思っていた。だけど本当はそうではなかった。祐巳は私がつまらないと思っていた日常が、実はそうではないことを教えてくれた。
そこには蓉子がいて、聖がいて、栞がいて、祥子がいて、志摩子がいて、そして祐巳がいた。
祐巳の手は私を素晴らしい日常へ引っ張り出してくれた「魔法の手」だったのだ。
そんなことを祐巳の笑顔を見ながら今更ながらに私は思った。
賭けはそれなりに楽しかった。
祥子と競うのもそうだし、その間に挟まれて慌てふためく祐巳を見るのも私の密かな楽しみになっていた。
祥子と祐巳は意外に馬が合っていたのかうまくいっていたみたいだった。私も負けるつもりはなかったのだけど。
マリア様の心が聞こえてくる。
祐巳は祥子とどこかにいってしまった。つまりそれは祥子と祐巳がスールの契りを交わすということを意味していた。
「悔しい」
今まで負けたことがなかったというわけではなかった。だけど、こんなに悔しいと思ったのは初めてだった。
ベンチに腰を下ろして、空を見上げた。
雲に覆われた重い空は月の光りさえも遮って今に落ちてきそうなくらいだった。
それを見上げる私も重い。
けれど、重いと感じている部分は、いったいどこの部分なのだろうか。
「悔しいな」
ぽつっ、手の甲に水滴が落ちる。
初めはあまりに重い雲が雨でも降らしたのかと思っていた。でも、違った。雨なんかじゃなかった。
その水滴は私の瞳から留めなく溢れていたのだから。
「あれ?」
気づけば私は涙を流していた。
泣くのなんて何年ぶりだろう。
何でも出来たおかげで全てがつまらなく思えて、大して感動もしなくなったはずだったのに、ぽろぽろ落ちる涙だけはとめることができなかった。
こんなにも心動かされる事になるなんて思いもしなかった。
「どうして泣いているんですか?」
突然、いるはずのない人の声に驚いて顔をあげた。
そこには祐巳が立っていた。
「何でもないのよ」
私は何度も涙を拭いて強がってみせる。
そうしたのは多分、祐巳に弱い自分を見せたくなかったからだった。
「それが嘘だってことくらい私でも分かります。意外に江利子様も嘘が下手ですね」
だけど、あっさり見破られて、祐巳は微笑を浮かべると私の隣に座った。
「少しいいですか?」
「祥子はどうしたの?」
「祥子様ですか? 別に何もありませんよ。さっきはただダンスの約束をしていたので踊っていただけです。妹の話は逆に断られてしまいました。『私はあなたといると甘えてしまいそうだから、祐巳の姉にはなれない』って」
「どうして?」
あんなに仲が良かったのに、祥子が柏木さんと踊ることが嫌だということに気づいたのも祐巳だった。そして、そんな祥子を元気付けたのも祐巳だった。
聖に持ちかけられた賭けだったけど、そこに私の入り込む余地はまったくなかったように思えた。
「祥子様はわがままでとても繊細です。だけど江利子様が思ってるほど弱くないんですよ。ご自分の嫌いなものに向かって行く力強さを持っています。だからきっと私がいなくても大丈夫です」
祐巳は静かに微笑んだ。
「それに魔法使いを好きになるシンデレラだっているかもしれないじゃないですか」
あまりにあっけらかんと言うものだから始め何を言っているのか分からなかった。
でも、あの言葉の意味に祐巳が気づいていた、そう分かると止まっていたはずの涙がまた流れ始めていた。
「な、んで、そんなこというの?」
「私、気づいちゃったんです。舞台前、江利子様に肩を押された時、どうしようもないくらい寂しい気持ちになりました。祥子様とピアノを弾いてるのを見られたときは、隠し事がばれたような気持ちになりました。タイを直してもらっているときは、毎日こんな風にしてもらえればどんなにいいだろうって思いました。江利子様が私をからかって笑っているのをみて、怒りたいはずなのに幸せな気持ちになりました。もっとずっと一緒にいたいって思ったんです」
「でも」
「そして、今日は江利子様が本当は強くなんかないんだって、完璧なんかじゃないんだって知りました。辛いことがあったら泣きたくなるような普通な女の子だって。そんな江利子様の支えに、妹になりたいと思ったんです。それじゃあ、駄目ですか?」
私は首を振る。
「駄目じゃない」
駄目なんて、むしろ私が望んでいることだ。祐巳の笑顔を見ながら心のおもりが取れていくのが分かった。
「私を江利子様のスールにしてください」
「うん」
私は何も言わず黙ってロザリオを祐巳の首にかけた。祐巳はロザリオの感触を確かめながらゆっくりと私をみた。
「もう絶対離さない」
「私も離れません」
私は祐巳の手を握ると答えた。そして、顔を見合わせると気恥ずかしさからかは小さく笑い合った。
私と祐巳がスールになった夜。
マリア様だけが私たちを見ていた。
「お姉さま、お姉さま」
祐巳の声に私は起こされた。
集まる時間より随分早く着いてしまったから少し休もうと思ったのだけど、どうやら随分眠っていたみたいだった。
「大丈夫ですか?」
「なんで?」
心配そうに祐巳が聞くので不思議に思って聞き返した。眠っていただけで体調が悪かったわけではなかったから。
「お姉さま、泣いてました」
「え」
確かめてみると確かに涙が溜まっていた。
「こんな時間まで眠って、一体何の夢を見てらしたんですか?」
祐巳を妹にしてから祥子が私に当たる回数が増えたような気がする。
「祐巳が祥子の妹になる夢を見てた」
だから私は精一杯の嫌味を祥子に言ってあげた。先輩からの心ばかりの思いやりというやつだ。
「悪趣味だね」
聖が手を叩いて笑って、祥子はハンカチを取り出して破いていた。蓉子は米神を押さえて溜め息をついていたし、栞と志摩子は相変わらず自分たちの世界に浸っていた。
そして、祐巳は。
「私はどこにもいきませんよ」
そう呆れたように笑って言った。
「知ってるよ、祐巳は忠犬だもんね」
「蔦子さんに聞いたんですか?」
「ふふ」
「おねえさまぁ」
からかってみると祐巳は情けない声を上げてふて腐れるのだった。
祐巳の手は私をつまらない日常から非日常に連れて行ってくれると思っていた。だけど本当はそうではなかった。祐巳は私がつまらないと思っていた日常が、実はそうではないことを教えてくれた。
そこには蓉子がいて、聖がいて、栞がいて、祥子がいて、志摩子がいて、そして祐巳がいた。
祐巳の手は私を素晴らしい日常へ引っ張り出してくれた「魔法の手」だったのだ。
そんなことを祐巳の笑顔を見ながら今更ながらに私は思った。
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