魔法の手
拍手&コメントありがとうございます。
今回も「魔法の手」の続きになります。また視点が途中で変わります。自分の書いた小説を客観的に見れる目が欲しいと一度でも思ったことがあるのは私だけではないはず。
例えば江利子が令に出会っていなかったら、
例えば祥子が祐巳のタイを直していなかったら、
そして、江利子と祐巳が出会ってしまったら、
そんな話。
今回も「魔法の手」の続きになります。また視点が途中で変わります。自分の書いた小説を客観的に見れる目が欲しいと一度でも思ったことがあるのは私だけではないはず。
例えば江利子が令に出会っていなかったら、
例えば祥子が祐巳のタイを直していなかったら、
そして、江利子と祐巳が出会ってしまったら、
そんな話。
今日は柏木さんが来ることになっている日だった。正門まで祐巳が呼びに行ったがそろそろ戻ってきてもいい時間だ。祥子は男の人が来るということでそうそうに体育館に行くといって出て行ってしまった。
もちろん姉の蓉子でさえそれを止めなかった。
「ようこそ柏木さま」
「今日はわざわざのお運びありがとうございます」
「ああ、お荷物はこちらにお置きになって」
柏木さんが来ると私はそれこそ余所行き用の顔をして飛びっきりの笑顔で迎えた。
「お招きありがとう。とてもすてきな館ですね」
相変わらず柏木さんは相変わらず歯の浮くようなセリフを並べて気障ったらしく振舞っていて、それにいちいち聖が反応を示している。
冷めたカレーを柏木さんに出したところで祐巳が何かに気づいたように立ち上がった。
「祥子様は?」
「祥子は、何が気にくわないんだか、先に体育館行くって言って出ていっちゃって」
蓉子の答えに祐巳は何かを考えるように下を向いた。
「ごめんなさい。わたしも先に行ってます」
そして、何かを思い至ったのかそう言って薔薇の館を飛び出してしまった。
「あ」
待って、そうひきとめようとしたがその言葉は喉まで出かかったが、形となることはなかった。
私はただ祐巳の去った後のビスケット扉をしばらく見つめていた。
「いかせちゃっていいの?」
そんな私の所に聖がやってきて言う。
行かせていいわけがない。祥子と祐巳が近づくチャンスを与えてしまっているわけだから。もしかしたら今この瞬間にも祐巳と祥子がスールの契りを結んでいる可能性だってゼロではないのだし。
でも私は、引き止めてなんて言えばいいか分からなかった。
「聖って栞を妹にしてから随分お節介になったよね。まるで蓉子みたい。斜に構えて、世界の全てを敵だと思っていた頃とは大違いね」
「あんたは私をそんな風に思ってたのか」
聖は苦笑を浮かべる。
「実際そうだったじゃない」
世界の全てを敵に思っていたかどうかは知らないが、少なくともその頃の聖はそう思わせるだけのことをしていた。
「まあ、私も初めは栞を何で妹にしなきゃいけないんだっては思ってたよ。でも意外に妹にしてみるのもいいもんだね。今は孫まで出来て言うことなしだよ」
「へえ、そう? 本当は志摩子に栞を取られて寂しいんじゃないの?」
栞は志摩子を妹にしてから面白いくらいに志摩子にかかりきりになっていった。聖なんておまけくらいにしか思われてるんじゃないか、と周りから見て思うくらいに。
「痛いところをつくね。実はそうなんだよね、最近私に全然かまってくれないんだよ。この前なんて、私がたまに遊びに誘ったら志摩子と約束がありますので、お姉さまは邪魔だから来ないでくださいって言われちゃって。どう思う?」
その後はなぜか聖の愚痴を柏木さんがカレーを食べ終わって、体育館に移動する間までずっと聞かされていた。
本当に聖は変わった。
人はこんなに変われるのかと驚くくらいに。
シンデレラと王子の対面は、さしたる混乱もなく、滞りなく行われた。そして、二人の表情を見れば何かあったことくらい一目でわかった。
その後の稽古は気が入らなくて何をやったのかほとんど覚えていない。ただ祥子の後を追いかけていった祐巳が私には遠く感じられたことくらいだった。
「祐巳さん」
蔦子さんと桂さんがやってきた。
昼食を江利子様のおかげで教室で食べられるようになってから結構経つ。志摩子さんも誘ってみたが、今日はお姉さまと約束してるのと言って断られてしまった。
「どうしたの?」
「最近、山百合会の手伝いの方はどうなの?」
「ぼちぼちかな」
「そっか」
と桂さん。
何か問題を期待でもしていたのだろうか。
「それで祐巳さんはどうするかはもう決めたの?」
「何を?」
相変わらず鈍いんだからと蔦子さんは溜め息をついた。
「祥子様かもしく黄薔薇様、スールに選ぶのは一体どっち? 学園の話題でしょうに」
「ああ、そのことか」
まだ自分の中でもはっきりとわかっていなかった。分かっていないというより、そもそもどちらのスールになるつもりもなかった私だから、進展がないと言ったほうが正しいのかもしれない。
「祥子様はずっとファンだったから、実際に会ってみて」
「嫌いになった」
蔦子さんが合いの手を入れる。
祥子様の第一印象が蔦子さんの場合最悪だったから、その事を未だに引きずっているらしい。
だけど、祥子様もそんなに悪い人ではないのだ。
「ううん、逆だよ。もっと好きになった。祥子様は本当にお嬢様でわがままで、だけど負けるのが何より嫌いで、そしてとても繊細なお方」
「じゃあ黄薔薇様は?」
桂さんが聞く。
「江利子さまは、まだよく分からないっていうのが本音」
え、と二人とも不思議そうな顔をしていた。
「聖様はセクハラ親父で、蓉子様はしっかり者、栞様は優しくて、志摩子さんは私の友達。だけど江利子様は、私をいじめてからかってみたり、かと思えば新聞部の取材の肩代わりをしてくれたり、ダンスの指導をしてくれたり。本当に私のことスールにしたいのか分からないんだ」
「祐巳さんは知らないだろうけど、黄薔薇様って人は自分の興味のあるもの以外は、自ら進んでやろうなんて人じゃないから大丈夫でしょ?」
「そうかな」
「そうだよ」
「それなら良かった」
言い終わったところで二人の顔を見ると呆れた顔をしていた。
「祐巳さん、今なんて言ったか分かる?」
「へ? 私今おかしなこと言った?」
特に変なことを言ったつもりはなかったが、いったい蔦子さんは何が言いたいのだろう。
「自覚なしか」
桂さんは溜め息までついていた。
私には何のことやらさっぱり分からなかった。だけど江利子様のことを思うと不思議な気持ちになる。この気持ちの正体は私には分からなかった。
薔薇の館に行くと祥子様が椅子を窓に寄せて外の景色を眺めていた。
物憂げな表情をなさっていて私が入ってきたのも気づかなかった。やがて、お姫様は私に気づいて顔を上げた。
「いつきたの?」
「十分ほどまえです」
「そう」
祥子様の様子がおかしいことは部屋に入ったときから気づいていた。そもそも私が部屋に入ってきたことに気づかないこと自体がおかしい。別に忍者みたいに気配を消していたわけじゃないし、さすがに存在が空気のように薄いわけでもない。
「どうなさったんですか?」
「どう、って?」
「えっと、だから悩み事とかあるのかな、って」
「あったら助けてくれるの?」
逆に、真顔で聞き返されて「私にできることなら」と頑張って答えた。
「じゃあロザリオを受け取って」
ほら、とロザリオを私の前に掲げた。
「他のことでは」
「祐巳に頼みたいことがあるとしたらそれだけよ」
ロザリオは呆気なく祥子様のポケットにしまわれた。ただ試しに言ってみただけだったのかもしれない。
「そんなに嫌ですか?」
ロザリオを受け取らせたいのは純粋に祐巳を妹にしたいからでないことくらい分かる。私を妹にすれば祥子様はシンデレラを降りれるのだ。
「いやよ、絶対いや」
はき捨てるように祥子様は言った。
「もしや会ってみたら大丈夫かもと思ったんだけど、やはりダメだったわ」
ダメなのは柏木さんが男だからだろうか、それとも柏木さんが柏木さんだからなのだろうか。
それは一見同じようなことだがまるで違う気がした。
祥子様の気持ちがまるで違う気がした。
もちろん姉の蓉子でさえそれを止めなかった。
「ようこそ柏木さま」
「今日はわざわざのお運びありがとうございます」
「ああ、お荷物はこちらにお置きになって」
柏木さんが来ると私はそれこそ余所行き用の顔をして飛びっきりの笑顔で迎えた。
「お招きありがとう。とてもすてきな館ですね」
相変わらず柏木さんは相変わらず歯の浮くようなセリフを並べて気障ったらしく振舞っていて、それにいちいち聖が反応を示している。
冷めたカレーを柏木さんに出したところで祐巳が何かに気づいたように立ち上がった。
「祥子様は?」
「祥子は、何が気にくわないんだか、先に体育館行くって言って出ていっちゃって」
蓉子の答えに祐巳は何かを考えるように下を向いた。
「ごめんなさい。わたしも先に行ってます」
そして、何かを思い至ったのかそう言って薔薇の館を飛び出してしまった。
「あ」
待って、そうひきとめようとしたがその言葉は喉まで出かかったが、形となることはなかった。
私はただ祐巳の去った後のビスケット扉をしばらく見つめていた。
「いかせちゃっていいの?」
そんな私の所に聖がやってきて言う。
行かせていいわけがない。祥子と祐巳が近づくチャンスを与えてしまっているわけだから。もしかしたら今この瞬間にも祐巳と祥子がスールの契りを結んでいる可能性だってゼロではないのだし。
でも私は、引き止めてなんて言えばいいか分からなかった。
「聖って栞を妹にしてから随分お節介になったよね。まるで蓉子みたい。斜に構えて、世界の全てを敵だと思っていた頃とは大違いね」
「あんたは私をそんな風に思ってたのか」
聖は苦笑を浮かべる。
「実際そうだったじゃない」
世界の全てを敵に思っていたかどうかは知らないが、少なくともその頃の聖はそう思わせるだけのことをしていた。
「まあ、私も初めは栞を何で妹にしなきゃいけないんだっては思ってたよ。でも意外に妹にしてみるのもいいもんだね。今は孫まで出来て言うことなしだよ」
「へえ、そう? 本当は志摩子に栞を取られて寂しいんじゃないの?」
栞は志摩子を妹にしてから面白いくらいに志摩子にかかりきりになっていった。聖なんておまけくらいにしか思われてるんじゃないか、と周りから見て思うくらいに。
「痛いところをつくね。実はそうなんだよね、最近私に全然かまってくれないんだよ。この前なんて、私がたまに遊びに誘ったら志摩子と約束がありますので、お姉さまは邪魔だから来ないでくださいって言われちゃって。どう思う?」
その後はなぜか聖の愚痴を柏木さんがカレーを食べ終わって、体育館に移動する間までずっと聞かされていた。
本当に聖は変わった。
人はこんなに変われるのかと驚くくらいに。
シンデレラと王子の対面は、さしたる混乱もなく、滞りなく行われた。そして、二人の表情を見れば何かあったことくらい一目でわかった。
その後の稽古は気が入らなくて何をやったのかほとんど覚えていない。ただ祥子の後を追いかけていった祐巳が私には遠く感じられたことくらいだった。
「祐巳さん」
蔦子さんと桂さんがやってきた。
昼食を江利子様のおかげで教室で食べられるようになってから結構経つ。志摩子さんも誘ってみたが、今日はお姉さまと約束してるのと言って断られてしまった。
「どうしたの?」
「最近、山百合会の手伝いの方はどうなの?」
「ぼちぼちかな」
「そっか」
と桂さん。
何か問題を期待でもしていたのだろうか。
「それで祐巳さんはどうするかはもう決めたの?」
「何を?」
相変わらず鈍いんだからと蔦子さんは溜め息をついた。
「祥子様かもしく黄薔薇様、スールに選ぶのは一体どっち? 学園の話題でしょうに」
「ああ、そのことか」
まだ自分の中でもはっきりとわかっていなかった。分かっていないというより、そもそもどちらのスールになるつもりもなかった私だから、進展がないと言ったほうが正しいのかもしれない。
「祥子様はずっとファンだったから、実際に会ってみて」
「嫌いになった」
蔦子さんが合いの手を入れる。
祥子様の第一印象が蔦子さんの場合最悪だったから、その事を未だに引きずっているらしい。
だけど、祥子様もそんなに悪い人ではないのだ。
「ううん、逆だよ。もっと好きになった。祥子様は本当にお嬢様でわがままで、だけど負けるのが何より嫌いで、そしてとても繊細なお方」
「じゃあ黄薔薇様は?」
桂さんが聞く。
「江利子さまは、まだよく分からないっていうのが本音」
え、と二人とも不思議そうな顔をしていた。
「聖様はセクハラ親父で、蓉子様はしっかり者、栞様は優しくて、志摩子さんは私の友達。だけど江利子様は、私をいじめてからかってみたり、かと思えば新聞部の取材の肩代わりをしてくれたり、ダンスの指導をしてくれたり。本当に私のことスールにしたいのか分からないんだ」
「祐巳さんは知らないだろうけど、黄薔薇様って人は自分の興味のあるもの以外は、自ら進んでやろうなんて人じゃないから大丈夫でしょ?」
「そうかな」
「そうだよ」
「それなら良かった」
言い終わったところで二人の顔を見ると呆れた顔をしていた。
「祐巳さん、今なんて言ったか分かる?」
「へ? 私今おかしなこと言った?」
特に変なことを言ったつもりはなかったが、いったい蔦子さんは何が言いたいのだろう。
「自覚なしか」
桂さんは溜め息までついていた。
私には何のことやらさっぱり分からなかった。だけど江利子様のことを思うと不思議な気持ちになる。この気持ちの正体は私には分からなかった。
薔薇の館に行くと祥子様が椅子を窓に寄せて外の景色を眺めていた。
物憂げな表情をなさっていて私が入ってきたのも気づかなかった。やがて、お姫様は私に気づいて顔を上げた。
「いつきたの?」
「十分ほどまえです」
「そう」
祥子様の様子がおかしいことは部屋に入ったときから気づいていた。そもそも私が部屋に入ってきたことに気づかないこと自体がおかしい。別に忍者みたいに気配を消していたわけじゃないし、さすがに存在が空気のように薄いわけでもない。
「どうなさったんですか?」
「どう、って?」
「えっと、だから悩み事とかあるのかな、って」
「あったら助けてくれるの?」
逆に、真顔で聞き返されて「私にできることなら」と頑張って答えた。
「じゃあロザリオを受け取って」
ほら、とロザリオを私の前に掲げた。
「他のことでは」
「祐巳に頼みたいことがあるとしたらそれだけよ」
ロザリオは呆気なく祥子様のポケットにしまわれた。ただ試しに言ってみただけだったのかもしれない。
「そんなに嫌ですか?」
ロザリオを受け取らせたいのは純粋に祐巳を妹にしたいからでないことくらい分かる。私を妹にすれば祥子様はシンデレラを降りれるのだ。
「いやよ、絶対いや」
はき捨てるように祥子様は言った。
「もしや会ってみたら大丈夫かもと思ったんだけど、やはりダメだったわ」
ダメなのは柏木さんが男だからだろうか、それとも柏木さんが柏木さんだからなのだろうか。
それは一見同じようなことだがまるで違う気がした。
祥子様の気持ちがまるで違う気がした。
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