魔法の手
拍手&コメントありがとうございます。
今回も「魔法の手」の続きになります。前回の切る位置が悪かった所為で今回は途中で視点が変わっています。
例えば江利子が令に出会っていなかったら、
例えば祥子が祐巳のタイを直していなかったら、
そして、江利子と祐巳が出会ってしまったら、
そんな話。
下級生を先に帰して三年生の長老組だけが薔薇の館に残った。
「しかし、江利子もよくあんな面白い子見つけたね」
見つけたわけではなく、あっちから勝手にやって来たんだけど聖には言わないでおこう。後から他人から聞かされた方が面白しろそうだから。
「まあね」
そんな私たち二人を溜め息混じりに見ていた蓉子が頭を抱えて悩んでいた。
「そういう問題じゃないでしょう? 賭けなんかして一体どうなるって言うのよ?」
蓉子が悩んでいるのは祥子のことだろう。急に妹を作ると言い出して、今度は賭けときたもんだから、相変わらず蓉子の心労は絶えないわけだ。
「ああ。あの賭けは祥子のためだよ」
蓉子の問いに聖が答える。
「どういうこと?」
「あのままじゃ祥子が完全に振られた形になるでしょ。だからせめて江利子と同じ土俵に立たせてあげたわけ」
本当にそんなことを聖が考えていたかは疑問だが、その賭けのおかげで私は結構不利な位置に立たされてしまったわけだ。
「それで蓉子はどっちが勝つと思う?」
「私はもちろん祥子だと思ってるわ。妹だもの」
「親友は見捨てるだ」
おどけて言う。
「そういうわけじゃないでしょ」
蓉子も冷静に対処する。
これが祐巳だとやっぱり違った反応が返ってくるのだろうか。その状況が頭に浮かんで私は笑いを堪えるのに必死だった。
「で、聖はどっちが勝つと思ってるの?」
「そりゃもちろん江利子でしょ。だってスッポンだよ。噛まれたら絶対離さなそうじゃん」
「私はスッポンにだって負けるつもりはないけれど」
そうさ、私は祐巳の手を離したりしない。あの手はきっと私をこの平凡な日常から救い出してくれると信じていたから。
何だか大変な事態に巻き込まれてしまったみたいだった。休み時間になるたびに教室の外には他のクラスの生徒が私のことを探しに来ていたし、お昼休みには新聞部が取材に訪れ私はその対応に一日追われた。
それもそのはず同時に二人のお姉さまから、しかも紅薔薇様の蕾と黄薔薇様から申し込まれたとあっては学校中が大騒ぎになっていた。
そんな騒ぎをどうにか乗り切ってようやく放課後になった。音楽室の掃除に来ていたが、ここに来るまで何人もの生徒の奇異の視線を向けられた。
「祐巳さん、そろそろおしまいにしましょう?」
同じグループのクラスメイトが窓を閉めながら言った。
「私は掃除日誌書かなきゃだから、先に行っていいよ」
「そう?」
クラスメイトはそれじゃあと音楽室を出て行った。もっとも掃除日誌は言い訳で、人がいなくなってからゆっくり帰りたいというのが本音だった。今や時の人となってしまって噂の中に飛び込んでいく勇気は私にはなかった。
後、どれくらい待てばいいだろうか。あまり時間を潰して部活帰りの生徒とかち合ったらそれこそ間抜けだ。
クラブにも部活にも所属していないとこの時期は少し寂しくなる。
「どのくらい時間を潰していたらいいのかな」
やることもなく辺りを見回してもヒマを潰せそうなものはピアノくらいしかなかった。ピアノの蓋を開けて一年生歓迎式で聞いたあの曲を思い出しながら弾いていた。
心地よく弾いていた私の後ろから腕がぬっと伸びてきて鍵盤にふれようとしていた。
「うわっ」
おもわず私は叫び声をあげる。
「なんて声出してるの。まるで私が襲ってるみたいじゃない」
振り返るとそこには祥子様が立っていた。
「音もなく現れれば誰だって驚きます」
「弾いて」
私の主張は当然のごとく無視され、どうやら弾かない限り離してくれそうになかったので、しょうがなくピアノを弾き始める。それと合わせるように祥子様が左手の部分を弾いていた。
メロディーが重なる。
私は心地よい反面早く終えてしまいたい不思議な気持ちになった。そして、その連弾は第三者の介入で止められることになった。
江利子様だった。
「祐巳」
江利子様の声に動揺して私は祥子様から離れた。なぜだか分からない後ろめたさと背徳感があった。
「江利子様までどうしたんですか?」
そんな後ろめたさをかき消すように私は江利子様に質問をしていた。
「迎えにきたのよ」
「祐巳にも山百合会の劇を手伝ってもらいたいから」
祥子様がそう付け加えた。私はそれにただ頷くことしか出来なかった。むしろ断ったらどうなるか見てみたい気もするけど。
今回も「魔法の手」の続きになります。前回の切る位置が悪かった所為で今回は途中で視点が変わっています。
例えば江利子が令に出会っていなかったら、
例えば祥子が祐巳のタイを直していなかったら、
そして、江利子と祐巳が出会ってしまったら、
そんな話。
下級生を先に帰して三年生の長老組だけが薔薇の館に残った。
「しかし、江利子もよくあんな面白い子見つけたね」
見つけたわけではなく、あっちから勝手にやって来たんだけど聖には言わないでおこう。後から他人から聞かされた方が面白しろそうだから。
「まあね」
そんな私たち二人を溜め息混じりに見ていた蓉子が頭を抱えて悩んでいた。
「そういう問題じゃないでしょう? 賭けなんかして一体どうなるって言うのよ?」
蓉子が悩んでいるのは祥子のことだろう。急に妹を作ると言い出して、今度は賭けときたもんだから、相変わらず蓉子の心労は絶えないわけだ。
「ああ。あの賭けは祥子のためだよ」
蓉子の問いに聖が答える。
「どういうこと?」
「あのままじゃ祥子が完全に振られた形になるでしょ。だからせめて江利子と同じ土俵に立たせてあげたわけ」
本当にそんなことを聖が考えていたかは疑問だが、その賭けのおかげで私は結構不利な位置に立たされてしまったわけだ。
「それで蓉子はどっちが勝つと思う?」
「私はもちろん祥子だと思ってるわ。妹だもの」
「親友は見捨てるだ」
おどけて言う。
「そういうわけじゃないでしょ」
蓉子も冷静に対処する。
これが祐巳だとやっぱり違った反応が返ってくるのだろうか。その状況が頭に浮かんで私は笑いを堪えるのに必死だった。
「で、聖はどっちが勝つと思ってるの?」
「そりゃもちろん江利子でしょ。だってスッポンだよ。噛まれたら絶対離さなそうじゃん」
「私はスッポンにだって負けるつもりはないけれど」
そうさ、私は祐巳の手を離したりしない。あの手はきっと私をこの平凡な日常から救い出してくれると信じていたから。
何だか大変な事態に巻き込まれてしまったみたいだった。休み時間になるたびに教室の外には他のクラスの生徒が私のことを探しに来ていたし、お昼休みには新聞部が取材に訪れ私はその対応に一日追われた。
それもそのはず同時に二人のお姉さまから、しかも紅薔薇様の蕾と黄薔薇様から申し込まれたとあっては学校中が大騒ぎになっていた。
そんな騒ぎをどうにか乗り切ってようやく放課後になった。音楽室の掃除に来ていたが、ここに来るまで何人もの生徒の奇異の視線を向けられた。
「祐巳さん、そろそろおしまいにしましょう?」
同じグループのクラスメイトが窓を閉めながら言った。
「私は掃除日誌書かなきゃだから、先に行っていいよ」
「そう?」
クラスメイトはそれじゃあと音楽室を出て行った。もっとも掃除日誌は言い訳で、人がいなくなってからゆっくり帰りたいというのが本音だった。今や時の人となってしまって噂の中に飛び込んでいく勇気は私にはなかった。
後、どれくらい待てばいいだろうか。あまり時間を潰して部活帰りの生徒とかち合ったらそれこそ間抜けだ。
クラブにも部活にも所属していないとこの時期は少し寂しくなる。
「どのくらい時間を潰していたらいいのかな」
やることもなく辺りを見回してもヒマを潰せそうなものはピアノくらいしかなかった。ピアノの蓋を開けて一年生歓迎式で聞いたあの曲を思い出しながら弾いていた。
心地よく弾いていた私の後ろから腕がぬっと伸びてきて鍵盤にふれようとしていた。
「うわっ」
おもわず私は叫び声をあげる。
「なんて声出してるの。まるで私が襲ってるみたいじゃない」
振り返るとそこには祥子様が立っていた。
「音もなく現れれば誰だって驚きます」
「弾いて」
私の主張は当然のごとく無視され、どうやら弾かない限り離してくれそうになかったので、しょうがなくピアノを弾き始める。それと合わせるように祥子様が左手の部分を弾いていた。
メロディーが重なる。
私は心地よい反面早く終えてしまいたい不思議な気持ちになった。そして、その連弾は第三者の介入で止められることになった。
江利子様だった。
「祐巳」
江利子様の声に動揺して私は祥子様から離れた。なぜだか分からない後ろめたさと背徳感があった。
「江利子様までどうしたんですか?」
そんな後ろめたさをかき消すように私は江利子様に質問をしていた。
「迎えにきたのよ」
「祐巳にも山百合会の劇を手伝ってもらいたいから」
祥子様がそう付け加えた。私はそれにただ頷くことしか出来なかった。むしろ断ったらどうなるか見てみたい気もするけど。
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